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       江戸川のほとりにて科学啓蒙作家の塾「田井塾」として49年

見出し「田井塾」実験:愛実践〜心の泉〜

愛実践:〜心の泉〜
・・・・・・・・・・
 この世に存する限り、人は人としてプロである。人は勉強を手段に己の心に泉を見出し、いつしかそこに「美」が映えるを知る。これをして彼方に「像」を予感し、それを求めて今を生きる。                             -田井-
・・・・・・・・・・

   
   ●感謝の心●
    この度、「豊かな地域社会づくりへの多大なる貢献」に対して 江戸川区長
  多田正見様より表彰状をいただきました。ここに謹んでさらなる精進を誓います。
                           (2018.2.4)

  ●心の泉に映える「愛」-受験生の皆さまに捧ぐ安らぎ-●
   The picture that most often presents itself is of my mother at the
  close of the day ,when we children , after our supper of bread and
  milk, join in a last grand frolic on the green before the house. I see
  her sitting out of doors watching our sport with a smile , her book
  lying in her lap,and the last rays of the setting sun shining on her
  face
.

  ・・・・・序 奏・・・・・
  ●Richard Clayderman ・・・「LETTRE A MA MERE(「母への手紙」)」●




         ●●● お知らせお願い ●●●
 この度、ロシアから一冊の本が届きました。旧ソ連時代のノーベル物理学賞受賞者レフ・ランダウの本です。ランダウは現代のロシアの科学技術の基礎を築き上げた科学者であり、日本でも現在第一線で活躍する偉大な科学者の多くが影響を受け、しかも、今なお一目置かれている科学者なのです。何と言うことでしょう、その科学者に関するこの本が不思議なことに日本では出版されることなく見逃され、しかも、21世紀の科学啓蒙書とも言うべき理想的なスタイルをとって、装いも新たに再版されたのです。
 私は大学時代、東京理科大で物理学を学びながら、日ソ学院(現東京ロシア語学院)でロシア語を学びました(貧乏な生活を抜け出すには、英語が得意な私にとっては難しいと言われているこの言語をマスターするのが一番確実だと思ったからです)。午前中は代々木の日ソ学院(しかも、ロシア語の文法の例文は電車の中で丸暗記)で、午後は授業が終わるとすぐに飯田橋の理科大に走って講義を受けるといった具合の学生生活を、丸4年徹底的かつ禁欲的に送っていました。あれから時すでに40年以上の歳月が流れています。
 ああ、神よ、何と不思議なことよ、私は、まるで当時のこの学生生活から今日に至る執筆活動の集大成をするかのように、ランダウのこの貴重な一冊を手にしているのです。
 彼の考えがロシア語の文字を介して私の中の日本語と融合し、まるで「心の泉」から湧き出す新たな考えであるかのように、それがこのPCの画面に新鮮に映し出されるとき、私はこの上ない至福を感じています。のみならず、今自分の前に可能性がつねに広がっていることのすばらしさをしみじみと噛みしめています。この可能性をあなた様の「わたし」とぜひ共有したいと思います。ご期待ください。
 なお、しばらくはこのページの文章の加筆・訂正のみが続く可能性があります。けっして「手抜き」ではありませんので、ご理解くださいますようお願い申し上げます。
 もちろん、このようなすばらしい偶然に出合えたのも、塾という恵まれた環境があったればこそであり、このことを肝に銘じ、お子さんたちお一人おひとりを慈しみ、ご指導申し上げます。        (2018.2.24記)(2020.1.2加筆)
 

<実践その1>
日常的な問題の解決を通して自分をアピールする

●●地域の象徴としての神社、美しき「泉」 ●●

【「今在ること」への感謝として】
 ようやく受け入れ先が見つかって救急車で搬送された森山記念病院にて脳出血の手術を受け、いかなる後遺症もなく完治して以来、私はこちらの病院を「心のふるさと」と思いつつ、「今在ること」に心から感謝する日々を送っています。

【お手水(おちょうず)場におけるカラスの振る舞い】
 たとえば、お近くに学問の神様と称される菅原道真公を祀った北野神社があります。
 話は7年前に遡ります。当時この神社のお手水場(お清めの水場)はカラスの行水の場となって、羽が浮かび散らばり、フンがあちこちにへばり付き、時にはゴミ置き場で漁って来た食べ物をいたるところに食い散らかしていました。この水を子どもたちが掛け合って遊んでいました。また、ある時、認知症気味の女性の方が、柄杓でこの水を汲み、手を清め、それから、その水を口に含んでいました。私はこの光景を目にしてから、「よけいなおせっかい」ではありましたが、自主的に毎日水の管理をするようにしました。しかし、カラスは私の活動を尻目に、相変わらず水を汚し、食べ物を散らかし続けていました。

【民生・児童委員としての義務】
 時が経ってそれから4年後、厚生労働大臣より民生児童委員としての活動を委嘱され、より積極的に担当地域を巡回している時のことでした。ある日、いつもの巡回の折に、この神社のお清めの水場に目を向けると、やはりその女性の方が、水をお口に含み清めていました。私はこの時即座に民生・児童委員としてさらに徹底して行動すべき義務を感じました。こちらの神社は宮司様がその時々に遠くからお出でになられるご事情があるとは言え、総代の皆様か神社をいつもきれいに管理されているので問題ないはずなのですがすが、残念ながら、ただ1つだけ問題が残されていました。それはカラスが昼間誰もいないすきを狙って行動する程に賢いということでした。このため、それこそ互いの知恵比べが始まるのでした。
 
【失敗すればこそ得られる大切なヒント】
 地域のお子さんたちが境内に集まって七夕祭りの飾り付けをしている時のこと。飾りで余った竹の幹を使ってこの水場の面積を狭くし、カラスがこの中に入りにくくしました。しかし、翌日様子を見に行けば、カラスにこれほどの力があるのかと思えるほど、竹は無残にも辺り一面に散らばり、やはり水面に羽が浮かんでいました。もちろん、これで諦めるわけにいきませんでした。
 今度は、境内の雰囲気に相応しいと考えられる植木を2鉢購入し、これで竹を上から押さえ、強風でも飛ばされないようにしました。ところが、それでも嵐になれば竹は鉢もろともに吹き飛ばされ、辺りに無残な姿をむなしく晒していました。
 
しかし、これらの失敗はありがたいことでした。その都度、改良のためのヒントが与えられたからです。改良に改良を重ね、そしてあれから7年め、しかも脳出血手術が成功して後のこと、この水場を、とうとう、きれいに保てるようになりました。

【地域の神社にふさわしく、美しき「泉」として】
 実は、この神社の本堂横に一年中青々と茂る生命力に満ちた竹林があります。ここから竹の一枝を折り取り、これをお清めの水の中に横たえました。こうして、「お清めの水場」はこの地域の神社にふさわしく、いつも新鮮な「美しい」状態に保たれるようになりました。
(2017.9.14記)
(2018.10.7加筆)


    ”宇宙空間の美しい泉”
            
          
       


<実践その2>自然界の諸問題の解決を通して自分をアピールする

●●自然界に見る永遠の「美しさ」●●
【普遍的な「真」なる存在を求めて】
 ある方は、この人は本当によくもまあ飽きずに次ぎから次と書くねえ、とおっしゃることでしょう。正にその通りなのです。原因は、書くことが楽しいということはもちろんですが、それ以上に、たとえば、美しいものを発見したとき、「ああ、何と美しいのでしょう」と心の中でつぶやくだけではその美しさを実感できないことにあります。少年が自分の発見したことを「あのね、それからね、・・・」とお母さまに得意気にお話しするように、その「美」についてPCの画面を介して皆さまに得意気にお話しし、それから私もこれを読まれる皆さまの中の「わたし」と同じ立場に立ってこれを読み、「ああ、やはり本当にそれほどに美しいのですね」と納得しない限り、それを実感できないからなのです。
 それからまだあります。それはその「美」を私の独断と偏見に満ちた「美」にしたくないことです。これを公開することによって、PCに向かう多くの皆さまの「わたし」とこれを共有し、その結果としてその「美」を「相対化(多様化)」させ、そしてついにそれが「普遍的」な「真」なる存在であることに納得したいのです。かなり大袈裟な言い方ですが、まずはこれを目指して挑戦したいと思います。

【ガリレイの偉大な直観力】
 私たちのよく知っている16,7世紀に活躍した科学者にイタリアのガリレオ・ガリレイがいます。彼は「坂の下から上に向かってボールを投げれば、スピードが徐々に遅くなり、坂の上から下に向かって転がせば、スピードが徐々に速くなる。ということは、平らな所で転がせば、ボールはスピードが速くも遅くもならず、つねに同じ速度で転がり続けるはずだ」と言いました。何と素晴らしい直感でしょう。ニュートンが「重力(万有引力)の法則」を発見する以前にすでにガリレイはそのように考えていたのでした。

【ガリレイの推測:証明-その1】
 さっそくガリレイの推測の正さを証明してみましょう。まず、私たちの住む地球が理想的な球の形をしているものと仮定します。次に、地球の重力を地球の中心Oを通るように直線で引きます(私たちはこれからこの直線を「重力線」と呼びたいと思います。なお、厳密には、万有引力と物体の向心力との合力が重力ですが、ここでは考察を簡単化するために向心力を無視し、万有引力と重力が一致しているものと仮定したいと思います)。そして、この重力線が地表と交わる点をP1とします。
 さて、今この点P1をボールの重心が速度vで通過しました。それではさっそく考察に入ることにしましょう。ボールの重心の速度vは点P1における球面の接線を表しています。これは、地球の中心を通る重力線と速度vが点P1において垂直に交わっていることを意味しています。実は、速度vが重力線に対して垂直であるということは、ボールと地面との間にマサツがない限り、ボールのする仕事がゼロであることを意味しています。ボールに外力が加わっていませんから、したがって、ボールは点P1を通過する以前の速度と同じ速度でこの点を通過することになります。
 ここで、ボールが通る地点P2をP1に限りなく接近させ、同様に、点P3をP2に、・・・点Pnを点Pn-1に限りなく接近させて取ってみましょう。
 それぞれの点においてボールには外力が作用していませんから、n=k番目の地点の前後でボールの速度に変化がないとすると、n=k+1番目の地点の前後でも速度に変化がないことが分かります。ところで、n=1番目の地点P1を通過するとき、その前後でボールの速度に明らかに変化がありませんから、したがって、「数学的帰納法」により、ボールがつねに一定の速度で進んでいることが分かります。これでガリレイの推測の正さが証明されました。

【ガリレイの推測:証明-その2】
 それではここで、別の観点からガリレイの推測の正しさを証明してみましょう。点P1においてボールには外力として重力が作用しています。これに対して、ボールが地球の中心に向かって落下しないように、地球の表面から重力の方向と反対方向に反作用としてボールに抗力が作用しています。実は、この重力と抗力が打ち消し合って、「見かけ上」ボールに外力が作用しない状態が発生しているのです(ここでも摩擦力はないものと考えています)。
 ボールに外力が作用しないとどうなるのでしょう。ニュートンは「運動の第一法則(慣性の法則)」で「力が作用しないかぎり物体は静止または等速直線運動をする」と語っています。ボールが点P1を通過した後も、ボールに対して見かけ上外力が作用していませんから、したがって、ボールは点P1におけるボールの速度(ベクトル)方向上に進んで行きます。この方向上の地表面と重力線との交わる点を順番にP2,P3,P4,P5,P6,....Pn-1,Pnとし、しかも、これらの点と点を隙間なく並べていくと、繰り返しますが「慣性の法則」によって、ボールはそれぞれの点を速度ベクトルvの速さで「球面上」をまるで「等速直線運動』するかのように進み続けているのです。以上により、ガリレイの推測の正さが証明されました。

【重力に潜む神秘の力】
 以上、2つの観点からガリレイの推測の正さを証明しましたが、このいずれの場合も「重力」がとても大切な意味を持っています。それだけでなく、この「重力」のおかげで、地球が太陽の周りを円運動していても、私たちはまるで地球が「静止」しているかのように安らいで生活することができているのです。私は重力が持っているこれらの不思議な力に宇宙が創造する究極の「美」を直感し、跪き、
 「その『美』よ、そは神のなせる技か」
と天を仰ぐのです。  (2018.2.13記),(2018.2.21加筆)




<実践その3>地域の皆さまとの活動を通して自分をアピールする

●●我が町会の宝-地域の精神的豊かさ-●●
【町会恒例「新春餅つき大会」】
 今年も町会恒例の「新春餅つき大会」が北野神社の境内で開催されました。今年はこれまでになく境内から京成江戸川駅まで長蛇の列ができ、とても華やかな餅つき大会となりました。大会の手伝いとして参加された方々も、私が皆さまに召し上がっていただくために信州信濃のソバ店から40人分のソバを取り寄せたのですが、これだけでは足りないほどの人数が参加してくださいました。

【子どもたちの笑顔は新春の華】
 お子さんたちが役員さんの指導の下に実際に杵を持って餅つきを体験される光景は本当にほほ笑ましいものでした。少年野球チームのお子さんたちがお父さん、お母さん、監督さんの皆さんとお出でになられ、餅を召し上がった後、お帰りになられる時、横一列に並んでお礼を述べられる姿は新春にふさわしく初々しいものでした。

【町会役員の行動に見る地域の精神的豊かさ】
 ところで、列の中に空腹のために歩くのがやっとという姿のお年寄りの方がいらっしゃいました。町会はお餅を無料で皆さまにお配りしておりますので、その方も何ごともなく受け取ることができました。私は民生・児童委員として役員の方がすべての方に分け隔てなく平等にお餅をお渡しする態度を通して、私たちの地域が伝統的に受け継ぐ行事が精神的に貴重な豊かさを内包していると、しみじみ思いました。これからも多くの方の協力によってこうした伝統的な活動が継続されますよう、お祈り致しました。(2018.1.22記),(2018.2.22加筆)



<実践その4>「地域社会への貢献」を通して自分をアピールする

●●多くの方の情熱を「豊かな地域社会づくり」のために●●
【豊かな地域社会づくりへの貢献として】
 この度江戸川区長多田正見様より、我が江戸川町会において10年間にわたって「豊かな地域社会づくりに多大な貢献をしたこと」を評価し、功績を称え、表彰しますとのお知らせをいただきました。もちろん、これは江戸川町会会長増田美敏様はじめ、多くの役員の皆様の推薦があったればこそいただける賞であり、地域の皆様に活動がお見守りいただけていることの何よりの証と言えます。そして2月4日、表彰状を謹んでお受けし、さらなる精進を誓いました。

【個人的に抱える問題点】
 しかし、その一方で、「何でこの人が」と陰でおっしゃる方もいらっしゃいます。そのようにおっしゃられれば正にその通りです。たとえば、新春早々に開かれる「町会の新年会」にさえ毎年出席していません。また毎月開かれる役員会にしても、資料をいただきに顔を出すだけ。また、たとえば、町会で開催される「七夕祭り」では、飾り付けはきちんと参加していても、早朝からの竹取り作業は出たり出なかったり、夏休みの「ラジオ体操」も日曜日に参加しているだけ、また夜間の防犯パトロールは一週間にせいぜい三日出るくらいなのです。もちろん、これは塾を中心として活動しているための「時間的な都合」によるものであって、とは言え、本当に申し訳ないことといつも思っております。

【皆で支え合うことにこそ意義のある活動】
 ところで、私の周りをざっと見回してみますと、町会で活動されている方々はほとんどが働き盛りの方です。役員会の時は背広のまま社務所に飛び込んでくる方もいらっしゃいます。こうして時間の都合を付けて活動しているわけです。もし、町会の活動を優先してスケジュールを組んでいたらどうなるでしょう。実は、町会の活動のお手本とも言うべき方がいらっしゃいます。彼は町会を優先するためにご自分の仕事を辞められた方です。町会を重視すると、自分の本来の仕事にかなりしわ寄せが来るほど厳しいわけです。つまり、皆さんは時間的にとてもご苦労され、こうしてそれぞれの方が「自分の都合」を少しずつ出し合って地域に貢献していらっしゃる。だからこそ、町会はイベントがある時はいつも子どもたちが嬉々として大喜びする程の賑わいを見せているのです。

【民生・児童委員としての大切な役割】
 もちろん、町会の活動としてまだいろいろな活動があります。私の場合、たとえば、町会の推薦で「民生・児童委員」として活動しています。しかし、この活動だけは「自分の都合」は許されません。地域の皆様の生活を「お見守りする義務」を有する「地方公務員(非常勤特別職)」の立場にあるからです。この立場で、現在は「児童福祉部会」の部長の役をお預かりし、またこの会の江戸川区全体の部長会では会長としての大役をお預かりしております。そしてさらに現在、東京都の「児童福祉部会」の部会長会に定期的に出席し、この組織の活動の中心テーマである「子どもたちが安心して生活できる環境をいかにして創出するか」を中心として議論を展開しています。もちろん、すでに述べましたように、ここでは「自分の都合」は許されないのですが、何という偶然でしょう、本当にありがたいことに、この活動の時間帯と私の本業である塾の時間帯とがほとんど重なっていないのです。

【町会の活動をモデルケースとして紹介することの意義】
 民生・児童委員の児童福祉部会で議論を交わすとき、実は、私たちの町会で多くの役員の皆様の協力で子どもたちのために開かれるイベントがとても貴重なモデルとなっています。ある意味で、私は江戸川町会の広告塔となって、この町会が「社会福祉活動」の観点に立っていかに理想的な活動をしていることかと、東京都全域にお知らせする役割を担っているわけです。つまり、地域社会づくりの活動を私が広告塔となって盛り上げていると考えると、多田正見区長様から表彰状をいただくことをお認めいただけるのではないかと、ふと思います。

【泉のほとりにて感謝の心を】
 とは言え、民生・児童委員の活動はそれほど知られていないため、外見的にはあまり活動していないように見えても不思議でありません。しかし、現実的にはこうして理想的な活動の場をお与えいただいております。時々、「もし私に民生・児童委員としての活動の場がなかったら、世間様から本当に余計なことをする人だ」と思われていたであろうほど、それほどこの活動は私の性にピッタリ合っているのです。このことへの感謝の気持ちとして、毎年北野神社境内で開催される町会挙げての恒例の「新春餅つき大会」では、信州信濃のソバ店からソバを取り寄せ、もち米を蒸した大釜の湯を使ってこれを豪快に茹で、「お清めの泉」の冷たい水でそれをのど越し良く引き締め、そして約40人の役員の皆様に召し上がっていただいております。多くの皆様とこうして地域を盛り上げていくことができ心から幸せを感じております。ありがとうございます。(2018.1.18記),(2018.2.22加筆)

 

<実践その5>試練をバネに自分を飛躍させた実績をアピールする

●●悲しみの中から生まれる美しき発想●●
【意外な事実】
 私は新しい場所に移転した「小岩図書館」にはじめて行ってまいりました。本当に静かな、読書に最適なゆったりした、設計者の配慮がそこかしこに細かく感じられる「知的空間」だとしみじみ思いました。
 ロシアの理論物理学者ア・デ・チェルニンが書き、私が翻訳した『時間のはなし』は移転の際に「有効利用的廃棄処分」を受けたことは知っていましたが、他の本は所蔵されているはずだと思い、資料として使うために、はじめて新館を訪れたのでした。
 しかし、何ということでしょう、検索機に「田井正博」を入力して調べると、『時間の不思議』と『量子物理のはなし』の2冊しか登録されていません。著者が住民として住んでいる地域の図書館には、文化活動の推進者の一人として、著者の本を所蔵していただけると聞いていましたので、期待していたのですが、残念ながらこの2冊は別の図書館に所蔵されていました。受け付けカウンターで恥を忍んで事情を話すと、係の方は業務用のPCに「タイマサヒロ」と入力し、すると私が訳した数々の本が一気に画面に現れました。しかし話をよく聞くと、これらの本は何らかの事情ですでに処分されていて、こうしてかつての蔵書本としてデータ的に残されているに過ぎないとのこと。この図書館にあった著書は残念ながらすべて廃棄処分になっていたのでした。

【事実を歪曲することなく自然体で直視することの大切さ】
 これを知ったとき、ふと「私はもしかすると墓穴を掘るかも知れない」と思いました。しかし、これから2年後の計画を考えると、関心のある方には私の考えや立場を明らかにしておくべきだと思い、今こうしてありのままに自然体であえて文章を書き始める次第です。なお、文章の抽象化を避けるため、「小岩図書館」という固有名詞を出していますが、この文章に関連する方々は現在こちらの館にはいらっしゃいませんので、誤解のなきようお願い申し上げます。

【お金より大切な活動-この発想が世間ずれの原因か-】
 かつて銀行の外回りの方が家に「ぜひお金を借りて欲しい」と来たことがありました。私はこのように言って下さる方がいるのだと感激し、軽い気持ちで「それではぜひ貸してください」と言いました。すると、その方は「確定申告書を見せてください」とおっしゃいました。それをお渡しすると、「コピーしますから、お借りします」とおっしゃってお持ち帰りになりました。数日後、その方がお出でになられました。そして、確定申告書を私に手渡しながら、「申し訳ありませんが、これを見る限り、融資をすることはできません」とおっしゃるのでした。これを聞いたとき、私は自分の浅はかな行動が情けなくてなりませんでした。と同時に、ただあ然とするのみ、言葉がありませんでした。もちろん、その方は「江戸川区の制度を利用出来ますが、・・」とおっしゃってくださいました。しかし、かなり面倒になりそうなので、お断りしました。
 実は、その頃、上記のチェルニンの『時間のはなし』をたたき台にして、自分の理想とする『時間論』を書きたいと、チェルニンの文章でどうしても納得できていない部分を中心に、カードを使って用語整理をしていました。私はいつも、本を訳したり書いたりする時は生活を維持するために必要なお金を確保させていただくために、最低限のお子さんを塾としてお預かりしていました。こうして生活に必要なぎりぎりの収入を確保すると、後は『時間論』の準備に全エネルギーを注いでいました。ですから、今振り返ると、行員の方がそうおっしゃっても無理のないことだったのです。

【理想を実現するための行動の結果として招いた誤解、そしてそこから生まれた新たな可能性】
 カード作りが終了すると、時間論に関する本を図書館から次々と借り、本の最後に掲載されている参考資料をコピーして行きました。この作業が終わると、今度はこの資料を基に再び本を借り、文章の読みに入りました。本を何冊も借り、そのすべてに貸出期間の延長、延長を繰り返したため、図書館の職員の方が「これは書店に並んでいますから、買ったらいかがですか」と助言してくださる始末でした。 しかし、借りる本はすべて高価な専門書であり、先にお話しした事情から本代だけは何としても節約しなければなりませんでした。結局はそうした助言を無視して本を借り続け、しかも、本が完成する約十年もの間そうし続けたものですから、職員の方とトラブルになってしまいました。その時の私を前にしての職員の方々同士の目でのやり取りから、私が「プライドの強い、いやな人間」というレッテルを貼られてしまっていることに気付きました。あわてて家に戻り、電話を通してその方に何度かお詫びをしたのですが、今振り返ると、残念ながらこちらの気持ちが通じていなかったようでした。しかし、それはそれとして割り切り、『時間論』の完成を目指してひたすら本を借り、体に異変を感じながらも、徹底して読み続けたのでした。
 今回相談に乗ってくださったスタッフの方が「もし本がご入用でしたら、費用が掛かりますが、国立国会図書館からお取り寄せできますが」とおっしゃってくださいました。大げさと思われるかも知れませんが、私は「文化人としての存在を抹殺されたように」精神的に落ち込んでいました。しかし、この女性の方の一言で、「そうだ、私には国会図書館があった」と思うと、言い得ぬ喜びが心の奥底から湧き出して来るのでした。

【国立国会図書館の荘厳な空気に我が心を癒して】
 2日後私は民生児童委員としての忙しい活動の合間を縫って、急いで国会図書館に向かいました。都営地下鉄線の永田町で降り、下り坂に沿って2,3分も歩けばそこが国会図書館でした。今は亡き東京外語大教授飯田規和先生、翻訳家金光不二夫先生の両恩師の指導の下で翻訳した数々の懐かしい思い出の本がこの図書館に沢山所蔵されているのでした。物理学とロシア語にしか興味を示さないこのノンポリ学生の私を先生方は東京理科大と日ソ学院での授業の合間合間に、飯田先生であれば外語大の研究室に、金光先生であれば西荻窪のご自宅に私を呼び寄せ、そして翻訳家としての道を歩むべくご指導をしてくださいました。こうした先生との思い出のある本がこの図書館に大切に保管されているのです。また、私の本にしても、その一冊一冊にその時の執筆活動にご支援くださった地域の方々のお名前まで思い出せるほど大切なもの、それが両恩師の数々の本と一緒にここに大切に所蔵されているのです。特に『時間の不思議』は私の活動を精神的につねに支えてくださっている最愛の「妻」に捧ぐべき一冊として、これらの大切な本に囲まれて「永遠」に保管されているのです。
 このように思うと、私はこの国立国会図書館に「知の泉」を感覚し、資料として使う自分の本のコピーが終了するのを待って、ソファに腰かけ、静かに目をつむりました。そしてこの空間の荘厳な空気に身を委ね、ゆっくり深く呼吸しました。この時、当時代々木にあった「日ソ学院」でロシア語を徹底して勉強し、充実した疲労感を抱いて散策した明治神宮境内のあの「知的空間」に私自身が幼子となって包まれていた時と同じ安堵感に満たされているのを感じるではありませんか。

【悲しみの中から生まれる美しき発想】
 人間、安らぎの場があるというのは何と幸せなことでしょう。たったこれだけで、精神的な生傷を爪で引っ掻き回された時のあの苦痛が、いつしか癒され、何と、それがさらに丈夫な皮膚へと生長しているのですから。

 私:「先生、私は先生にいただいたご恩にどのように報いるべきか知りません」
先生:「あのね、田井君、君がね僕たちから受けたことをそのまま次の世代にしてあげるだけ、
   それでいいんだよ。何もそんなにかしこまって考える必要なんてないと思うよ」

 ああ、何ということでしょう、私は先生方の教えを無意識に受け継ぎ、そして「江戸川区立共育プラザ小岩」を「学習支援活動の場」として、職員の皆さまにご支援をいただきながら着実に準備をしているのでした。後2年で田井塾の固定資産が完済します。月々のこの分の費用の一部を田井塾の中から誕生した「理系・文系特別研究会」の活動資金に回し、お子さんたちの学習を支援する環境を整えることが最大の目標なのです。この考えは中條邦子前副館長さんに初めてお会いした時にお話しして以来少しも変わっていません。(2017.12.25記),(2018.2.18加筆)
 

●●●これ以降はまだ整理されていません。ご理解願います●●●


 ●この7年間、お近くの神社の「お清めの水場」を恒久的(?)に新鮮にする方法を考え、あれこれさまざまに工夫を加えて活動してまいりました。そしてとても嬉しいことに、この活動が実って、ほぼつねに安定した「美しい」状態に保たれるようになりました。今は散歩の時に水面に埃が浮いていないかどうかを確かめるだけで済むようになっています。気合いを入れ、最後までやり遂げたという達成感が具体的に目に見える形になっていますので、教育的な観点からぜひお子さんたちに見ていただきたいと願っています。
 ところで、田井塾の中から誕生した組織として「理系・文系特別研究会」があります。この研究会は現在「江戸川区立共育プラザ小岩」において「学習支援活動」を行っています。毎週木曜日午後5:00から7:00まで田井塾から大学に進まれた大学生さんがお兄さん、お姉さんの立場で中学、高校生の勉強をボランティアで見ているのです。活動が始まった最初の頃はまだ皆さんに知られてなく、時には勉強に来るお子さんが1人もいないということもありましたが、今では2人から4人ほどのお子さんがつねにお出でになられるまでになっています。
 こうして現在「理系・文系特別研究会」は「共育プラザ小岩」の職員の皆さまのお力添えのもと、着実に活動しているわけですが、実は、田井塾には壮大(?)な夢があります。それは、田井塾は固定資産が2年後に完済する予定になっていますので、これを契機として、「江戸川区立共育プラザ小岩」をお子さんたちの「心」を源とする「泉」を「創る」ことです。果たしてどのような「泉」ができるのか、これを楽しみに青写真を作成し始めた次第です。
 こうして今の立場に立って振り返ってみると、物事には順番があるのではないかとしみじみ思います。お近くの「お清めの水場」での活動が一段落したと思うと、何と次の段階として「江戸川区立共育プラザ小岩」における活動が気が付けば「本格的に始まる前触れ」としてすでに開始されているのですから。これからは、この「お清めの水場」が「美しく」ありますよう日々気軽にお見守りさせていただきながら、「共育プラザ小岩」につねに意識を向けさせていただきたいと思います。
 もしかすると、「田井は泉、泉と騒いでいるけれど、塾の勉強は大丈夫なのだろうか」と思われる方がいらっしゃるかも知れません。意外に思われるかも知れませんが、心の中にイメージされている「泉」が目の前に「美」となって具現化されると、心の中から今以上の力が湧き出してくるのです。
 もちろん、お父様、お母様のご支援があればこその活動であることを決して忘れません。お子さんたちを心から大切にしながら指導させていただいております。(2017.11.28記)

 ●神社の本堂裏に江戸時代に建てられた人の背丈ほどの石造りの社があります。この季節、この社の天にイチョウは葉を汚れなく黄色に染め、陽の射し加減で一枚いちまいが時々に金色に光って華やぎ、そのたびに純白な四手が空間に淡く浮き出ています。
 ふと我に返って意識を現実に戻すと、日はすでに西日。風が一陣吹いて、竹の林が大きく右に左に揺れて汚れを払えば、時ややあって直会(なおらい)の宴となる。イチョウは葉を裏に表に翻し空を舞い、そのたびに葉は杯となって陽をなみなみと注ぎ、大地にこぼす。こうして大地は酩酊、一面紅に染む。私は過去の歴史の継続の結果としてのこの眼前の光景に、これこそがこの境内を「泉」とすればこそ映える「美」であろうと確信します。
 私は毎日、一日も欠くことなく境内を訪れ、「お清めの水場」を掃除し、本堂を拝し、そしてこの社の「美」に己の心がままに見入っています。そして、誤解を恐れずに申し上げれば、「美」は恥も外聞もなく人の心をこれほど全きに虜にする力を持っているのかとあ然とするのです。
 実は、私はこれ程の「美」が、またこの「美」を美として認識する「人」が宇宙空間の中のこの地球を「泉」として存在していることに神々しいほど奥深く神秘を感じています。ありがたいことに、この「美」がエネルギーの源となって、なぜ私たちの地球がこうして貴い「泉」であり続けられるのか、日々考えています。これまでの文章を「心の泉」にふさわしくこのページを使って実験的にぜひ整理してみたいと思います(なお、いつも申し上げていることですが、「普遍性」の観点から、それぞれの方が心に抱く「神」が神です)。(2017.11.19記)

 ●「先生、ご苦労様です。こんなことしたって、何の報酬ももらえないのにね」
  「いいや、そのようなお言葉をいただけるだけで十分なんです」
  「嫌味しか言わない人もいるけど、でもね、見てる人はちゃんと見てるんだから」
  「それは、それは、ありがたいことです」
  とは言え、人様が見ていようと、見ていまいと、この作業だけはどうしてもやらなければなりません。何しろ、神社の入口の真ん前が生ごみでこれだけ汚れているとなると、カラスがここから「エサ」をつまんで「お清めの水場」に運んでくる恐れが多分にしてあるからです。人様がどうのこうのといったレベルの問題ではなく、7年前からこの「水場」を「泉」としてつねに新鮮な状態に保つことをひたすら夢見て取り組んできた、それこそ私にとっては「宿命」ともいうべき作業になってしまっているのです。
 「わたしが掃除した後に、この人、また掃除してる。本当に嫌味な人ね」
 このように思っている方がいらっしゃるかも知れません。どうかその節は「多くの人が一緒になって地域をきれいに掃除しているんだ」とお見守りくださいますように。(2017.11.15記)

 ●毎年10月、11月にかけて私は民生・児童委員として担当地域にお住いの75歳以上のご高齢者の方々のお住まい約80軒を一軒いっけん訪問しています。このような活動ができるのも土台として「田井塾」があったればこそ、このため、塾にお出でくださるお子さんたちを第一と考え、ご高齢者の皆さまのご様子伺いは日曜日とさせていただいております。
 毎年訪問してもいつもご不在でメモ書きをドアの隙間に挟んで失礼しているHさん(女性)がいらっしゃいます。今年もメモ書きを挟むだけの訪問でした。残念ながら、行政に送る書類には、「ご不在、連絡取れず」と記すことになります。
 ところが、今朝早く電話の音で叩き起こされました。何とHさんからの電話でした。「仕事に行かなければならないので、早い時間ですが、すみません」とのお言葉。私は思わず「ご高齢なのに、まだ頑張っていらっしゃるのですか」と尋ねました。すると、「はい、私は仕事が生甲斐なんです」とおっしゃいます。「失礼ですが、お子さんは」と聞くと、「私は独り身なんです」とのご返事。「分かりました。もし何かお困りのことがありましたら、いつでもご連絡ください」と申し上げ、これで本日の訪問活動を終了することができました。いつも気になっている方と連絡が取れ、本当に安心しました。
 ところで、民生・児童委員の月刊誌「ひろば」(8月号)の「地域共生社会の実現と民生委員・児童委員活動」の中の「『我が事』と『丸ごと』」の項で厚生労働省の資料として次の文章が紹介されています。
 ・・・「我が事」とは、人間関係が希薄化する社会にあって、つながりのある地域をつくっていくためには、「自分の暮らす地域をより良くしたいという地域住民の主体性に基づいて、『他人事』ではなく、『我が事』として行われてこそ、参加する人の暮らしの豊かさを高めることができ、持続していく」としています。
 自らが生活する地域に目を向け、そこで生じている課題を自らの課題と感じること、これは民生委員・児童委員の活動に通じるものであるといえます。
 ・・・
 このような観点に立って自分自身を見詰めてみると、私は民生・児童委員として「自然体」で活動できているとつくづく思います。そして、この喜びを率直にお伝えする存在として私にはどうしても「神」が必要です。なぜなら、そうすることによって、結果として心の「泉」から必然として喜びが限りなく湧き出し、至福な感覚に満たされるからです(なお、ここでは「普遍性」の立場から、それぞれの方が心に抱く「神」が神です)。(2017.11.5記)

 ●江戸川区は山形県の鶴岡市と友好都市関係にあります。このおかげで毎年5月に鶴岡市東京事務所に稲「はえぬき」の苗をお分けいただき、これで田井塾の「小さな田んぼ」で稲を育てています。15年程前までは、毎年前の年に収穫した稲の種を保存し、翌年これを使って苗を作り、これを植えて稲を育てていました。しかし、苗がだんだんやせ衰え、納得できる稲を収穫できなくなってきたため、鶴岡市東京事務所にお願いし、苗をお分けしていただくことになりました。このおかげで、稲は毎年見事なほど美しく生長しています。
 この稲は「明治神宮」に奉納するために栽培しています。15年もの間これを継続することはとても難しいことです。しかし、鶴岡市の関係者の皆さま方、それからご近所の多くの皆さま方の励ましのおかげで見事に美しく育ち、こうして稲は多くの方々の意識の象徴として純白の和紙に包まれ、紅白の水引に華やいで、奉納されるのです。
 明治神宮は日本の文化が香しく漂う清純な「泉」です。ここに稲を奉納すると、実は一般的に「不可能な状況」の中に「可能性」が実現したことになります。田井塾はこれを「究極の美」と位置付け、毎年この美を再現するために稲を育て、奉納しているのです。(2017.10.15記)

 ●江戸川の土手に行くと、ほんの少し前まで彼岸花が斜面を一面真っ赤に染めて鮮やかに咲いていました。何も考えずにその前に立ち尽くしていると、「これ、お彼岸の花でしょ。気持ち悪いわね」とお声を掛けてくださる方がいらっしゃいました。私はすかさず、「とんでもない、悟りの世界に立っていると思うと、それだけで幸せな気持ちになれます」と答えました。それからひと月も経たずして、目を後ろの菖蒲園に向ければ、コスモスが赤、白、紫とさまざまな色彩で空間を繊細に色鮮やかに染め咲き誇っています。実は、その中に黄色いコスモスがただ一輪あって、色を限りなく奥深く金色に染め風に揺らいでいるのです。その前にしゃがんで辺りの風景を視界から遮り、ひたすらそれを眺めていると、何ということでしょう、心が充足している時は、か細くか弱く佇むその可憐さに自然への畏敬が、心に人としての弱さが滲むとき、不思議な虚しさが無性にこみ上げてくるではありませんか。(2017.10.7記)

 ●今年も75歳以上の方々のお宅を訪問する時期となりました。あるお宅で現在の健康状態をうかがい、失礼するとき、昨年お配りした稲穂を一輪挿しに入れたままお持ちくださって、「去年いただいたの今もこうして飾ってるんですよ。きれいでしょ」と早々におっしゃってくださいました。ある事情により、おせっかいをほどほどにしようと決め、稲穂を持たずに回り始めたのですが、皆さまの美しい笑顔を見させていただくと、今年もお配りした方がいいようです。(2017.10.2記)

 ●上小岩小学校の「かみこいわ縁日」におじゃました時のことでした。小学6年くらいの女の子と小学4年くらいの男の子、それから少し間を置いて幼稚園児くらいの女の子が、校庭脇のコンクリートの段に上の女の子を間に行儀よく並んでかき氷を食べていました。私はこの子たちはきょうだいかなと思いました。なぜなら、一番上の女の子がストロー状のスプーンで一番下の女の子の口に氷をせがまれるままにいじらしいほどせっせと運んでいたからです。(2017.10.1記)

                      



 ☆心の中を流れる音楽☆


            
“モーツアルト"

      
      「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調K.364」

         ♪・・・・・第2楽章:アンダンテ・・・・・♪

          
・アイザック・スターン=ヴァイオリン
             ・ビンカス・ズーカーマン=ヴィオラ
             ・ズービン・メーター指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック


 








 ☆心の中を流れる言葉の響き☆


         ”Bertrand Russell

     
  
Through the latter condition they are linked to data,
   though somewhat loosely; through the former they be-
   come determinate as regards certain structural pro-
   perties. But considerable latitude of interpretation
   remains.
         -Human Knowledge Its Scope and Limits-










 ☆しばらくの静寂をあなた様の「わたし」に・・・





     
   ・・・  姿のいい人がある様に、姿のいい歌がある。 ・・・
        
    -小林秀雄「芸術随想:美を求める心」より-










 ☆「『田井塾』心の泉:彼方に『像』を求めて」


・・・・・ 序 奏 ・・・・・

●ドビュッシー●・・・・・「アラベスク 第1番」

●はじめに●
 佳日、ある方の結婚式で「明治神宮」に行ってまいりました。いつもは「神聖な場」として精神的な安らぎを求めて散歩している所ですが、その日は別の観点から神宮の雰囲気に触れることができました。たとえば、日本の文化の象徴としてこれほど荘厳な格式のある神宮です、その神聖な空間で働いていらっしゃる皆さまは、ごく普通の人々に対してはたしてどのような応対のされ方でサービスを提供しているのだろうかと思っていました。大変失礼ながら、それなりのプライドを外に滲ませながら対応しているのではないかと想像していました。ところが、どうでしょう。守衛さんから神主さんまで、それぞれの方がお二人の門出にふさわしい最高の儀式となるようおもてなしの心のこもった演出をし、そして、何と、「わたし」はその見事さを境内を訪れる外国人を含めた多くの方々の口からこぼれる感嘆の声をして感得したのです。この演出は、それぞれの方が「明治神宮」の伝統の継承者としての誇りを抱いて活動することによって自然に育まれていると思いました。民生委員にしても、それぞれの委員がこの組織の根底に横たわる伝統の継承者としての誇りを抱いて活動することによって、はじめて理想的な委員として成長していくのではないかとしみじみ思いました。新しいアイデアは常にそれぞれの伝統の中で、量的発想を質的発想に転換することによって生まれているということを「明治神宮」にて学びました。企業においては「経営戦略」の「核」となるべき発想だと思います。-2014.5.9-

●「ふと、思うこと」●

※その-14:
<目的>「真」なるものを永遠に「真」なるものにするための手段としての「学問」の意義を認識するための考察:

●はじめに-本考察をするにあたっての仮定:
・仮定-その1:人はすべて心に「理想」を抱いている。
・仮定-その2:人はすべて「理想」を実現するために「学問」をする姿勢(専門分野を究めるために研究活動をする姿勢)を持っている。
・仮定-その3:研究活動によってk番めの「知識」が取り入れられると、これまでの「理想像」はk番めの「理想像(k)」として認識される。
・仮定-その4:研究活動によって(k+1)番めの「知識」が取り入れられると、これによって「理想像(k)」は「理想像(k+1)」として認識される。

●考察:
 今ここにn個の「知識」を要素とする「理想像(n)」があります。しかし、この像は永遠の存在とは言えません。なぜなら、nが有限の数だからです。問題は現在の観点からこの像が将来的に「普遍的」な存在になれると言えるかとどうかです。考察しましょう。
 まず、「理想像(n)」を「理想像」とするということは、これを「理想像」として認識する人がいなければなりません。ここでは、もちろん「わたし」がその人です(仮定-その1)。「わたし」はこの「理想像」を概念的に体系化するために使われている要素を調べ、その結果k個の「知識」が使われていることが分かりました。そして、これを「理想像(k)」と名付けました(仮定-その3)。「わたし」はこの像の「美」の本質をより深く理解するために、その根幹をなす「知識」をあらゆる角度から研究し(仮定-その2)、ついに(k+1)番めの「知識」を得ることが出来ました(仮定-その4)。
 ところで、この考察のはじめで「理想像(n)」がn個の知識から成っていると言いましたが、このnは最低1でなければなりません。なぜなら、この像の存在の「萌芽」となるものだからです。
 これまでの考察を整理すると、「理想像(n=k)」が存在するなら、研究活動を介して、n=k+1が存在すること、またn=1が確実に存在することが分かります。したがって、「数学的帰納法」を用いた以上の考察により、「理想像(n)」に関与する人がつねに研究に勤しむ姿勢を崩さない限り、「理想像(n)」が「真」なる存在として「普遍的」であることが明らかになりました。(2016.3.11)

※その-13:
 小さな田んぼの田植えを終えてまだ20日も経ちません。茎の太さからそろそろ分けつがはじまると予想していたのに、どうでしょう、根元がすでに扇状に広がり始めているのです。葉は枯れることなく、先端まで瑞々しいほどに青々とし、梅雨空の重たげな風にゆったりとなびいています。
 この時期になると一番困るのがイタズラです。今日も一面にまかれた油が水面に浮かんで、どす黒い虹色の光を放っています。「わたし」は水をかき混ぜないようにしながら、水面からそれを少しずつ掬っています。
 このイタズラは困ると申し上げましたが、実を言いますと、感謝(?)している面もあります。いつも頭を悩ませていた小バエがまったくいなくなったからです。油によってそうなったのか、恐らく、その上さらに水をまめに交換するようになったためだと思いますが、このおかげで、水面がいつも鏡のようにきれいになっているのです。
 「田んぼ」を「小さな泉」とすれば、「稲」は水鏡に自らの姿を映して恥じらう「乙女子」らさながら。ああ、その何と美しく、清楚であることよ。この「美」を通して、「真」なるものにとって、問題はつねに「真」なる存在の「根拠」たるに過ぎず、と、ふと、思います。(2014.6.14)

※その-12:
 現在、稲はすでに分けつの兆しがみえるまでに茎が太くなっています。昼間、葉は、背筋をピンと伸ばし、両手を広げてお澄ましをするバレリーナさながら、とても清楚に風に柔らかく舞っています。夜は、暗さを増して風が静まれば、葉は剣先となって先端に露を結び、月の光を集めてキラキラと煌めいています。ここで「わたし」は「小さな泉」を「暗闇の中の田んぼ」、「剣先の煌めきの露」を「ヤマメ」に対応させます。すると、必然として、心の奥から湧き出す「感動」こそが「美」の源であると思います。人は皆、この世に存在することの奇跡を「感動」として、お一人おひとりが固有の「美」を美しく放っているのでした。(2014.6.3、6.9訂正)

※その-11:
 現在、「田井塾」のそばの道路沿いでは田植えの終わった「小さな田んぼ」で稲苗がそれこそ「必死」に生長しています。苗は車の往来の激しい道路からの陽の照り返しにさらされ、葉は枯れる寸前の状態にあるからです。苗は一般的に言う「非常識」な環境に置かれています。しかし、その苗もよく観察すると、疲れてくったりとした葉の間から針状の新鮮な緑の葉が、何本も伸び始めています。葉は身を粉にして我が子を見守る親の姿そのものです。通りすがりの方が稲の存在に気付いて、立ち止まり、「エ、これ、イネでしょ。うっそー」とおっしゃって笑みを浮かべます。常識的に「非常識」な空間を「泉」として「イネ」が「ヤマメ」となれば、人様の笑みは正に水面に映る「美」そのもの、畢竟(ひっきょう)、この「美」を通して「わたし」は「泉とヤマメ」のモデルの具体化に成功したと確信するのです。(2014.5.28)

※その-10:
 厚生労働大臣殿より「民生委員」としての活動を委嘱されますと、はじめに人様に対してどのような形で援助の手を差し伸べるのが一番理想的か、このことを中心として約2ヶ月間集中的に「研修会」が開かれます。委員はこの研修会でまざまな問題を多くの「事例」を通して学びます。この学習活動を通して、「わたし」たちの心の中に「民生委員」に関する情報が「量的」に蓄積され、その結果として「知的空間」が形成されていきます。いつしか、空間内で言葉と言葉が相互作用をしはじめ、そのある段階で空間自体の「量」から「質」への飛躍が発生します。するとどうでしょう、人様を思う感情が「泉」となって湧き出し、何と、「アイデア」が「ヤマメ」となって美しく泳いでいるではありませんか。「わたし」は今、その「ヤマメ」の美しい姿を眺めながら、ふと、「インターネットは人様の幸せのためにあるのではないか」と思い、この「えどがわ産業ナビ」の「場」を「実験室」として利用させていただいているわけです。(2014.5.26)

※その-9:
 現在、「わたし」は「小さな泉とヤマメ」の関係をモデルとして議論を展開しています。たとえば、「わたし」たちは毎日勉強しています。なぜでしょう。もちろん、心の中に体系化された「知的空間」を構築するためです。この活動を継続すると、この空間から知が泉となってきっと湧き出し、そしていつしか、心に「質的飛躍」が起こって「アイデア」が「ヤマメ」となって美しく泳いでいるのです。(2014.5.23)

※その-8:
 現在、「わたし」は「小さな泉とヤマメ」の関係をモデルとして議論を展開しています。たとえば、ここで「えどがわ産業ナビ」のこの「場」を「泉」に対応させ、「わたし」たちを「ヤマメ」に対応させてみましょう。すると、「わたし」たちが「意識」を介してこの「場」に存在することの不思議さをしみじみ思い、そして、このたった今「わたし」たちの「ヒト」としての存在に「質的飛躍」が起こっていることを知るではありませんか。(2014.5.21)

※その-7:
 もう一度申し上げますが、「わたし」にとって「小さな泉とヤマメ」の関係は、理屈でどうしても説明の付かない状態が存在するとき、それがまやかしでなく本当に「真」と言えるかどうかを判断するためのモデルになっています。たとえば、本日江戸川区と友好都市関係にある鶴岡市(山形県)の「鶴岡市東京事務所」より稲苗「はえぬき」をお届けいただきました。稲はこれから半年かけて多くの皆さまに見守られながら美しく生長し、そして収穫されます。黄金色の穂を付けた稲は茎まで丁寧に乾燥され、そして純白な和紙と紅白の水引に包まれて「明治神宮」に奉納されます。この時、多くの皆さまの「意識」を預かる「稲穂」は「ヤマメ」となって神宮の「神聖な泉」に放たれるのです(※「田井塾」は「明治神宮」を「心の泉」の象徴とさせていただいております。ご理解くださいますようお願い申し上げます)。(2014.5.20)

※その-6:
 このページにお出でくださっている方の中には「民生委員として、思うこと」と科学の世界の用語「非常識」とどんな関係があるのか理解に苦しむと思われる方がいらっしゃるかも知れません。前回「わたし」は小学生時代の体験をもとに「小さな泉とヤマメ」の関係をモデルとして作り上げました。もちろん、このモデルには、この小さな泉に常識的に考えられない状態で渓流だけに生きているヤマメが存在していることの不思議さ、科学の世界で「非常識」と言うとき、神々しいほどに美しく、かつ理屈でどうしても説明の付かない状態を指していること、が内包されています。実を言いますと、「わたし」はそのような美しい現象に出合って以来、この「小さな泉とヤマメ」の関係をモデルとして理屈で説明の付かない究極の「美」を求めていつも研究活動をしています。たとえば、この宇宙空間を泉に、「わたし」たちの地球をヤマメに対応させてみましょう。すると、このモデルを介して地球がとても愛おしい存在に感じられるではありませんか。たとえば、地球を泉に、ヤマメに「わたし」たち一人ひとりを対応させてみましょう。これだけで「わたし」たちが地球上に存在することの貴さを知るではありませんか。これこそが「民生委員の心」なのです。(2014.5.19)

※その-5:
 「わたし」は「非常識」という言葉をよく使います。これは現象の「質的飛躍」を説明するためにどうしても必要な科学的用語です。日常的に使われている意味での「非常識」ではありません。ここで、この専門的な意味を「モデル」を使って説明したいと思います。これは「わたし」が小学生時代に北海道の山奥で経験したことです。自分の背丈を超える熊笹を掻き分けて突き進んでいると、いきなり前が開け、そこに白樺の木が山ブドウのツルにがんじがらめに巻き付かれて立っていました。この白樺の根元から泉が湧き出し、三日月状に流れを作り、そしてそれが途中でふっと消えていました。この小さな泉のそばにしゃがんで、水面をジッと見つめていると、黒い影が白樺の根元の方に向かっていきなり走りました。一瞬ひるんで体をのけ反らせ、今度は逃げる態勢を取り、恐る恐る影を探しました。何と、それはヤマメでした。「わたし」はヤマメを一度も釣ったことがありませんでした。釣れてもウグイがせいぜいでした。それほど難しい魚が目の前を泳いでいたのです。入口も出口もないこの小さな泉に、どうしてこの美しい魚がいるのがとても不思議でした。ヤマメは「常識的」に説明の付かない、何とも不思議な「非常識」な方法でそこに存在していたのです。それ以来、「わたし」は感動的な場面に出くわしたとき、それが「常識的」なレベルのものかどうかを判断するために、心の中に今も存在しているこの「ヤマメ」をモデルとして対応させて考えています。科学の世界で「非常識」と言うとき、その前には神々しいほどに美しく、かつ理屈でどうしても説明の付かない状態が存在しているのでした。(2014.5.18)

※その-4:
 「わたし」は「明治神宮」の「空間」においても「えどがわ産業ナビ」の「場」においても「質的飛躍」を感じます。その根拠は「非常識」な状態が「常識」となって、あるいは「常識化」しつつ存在していることです。問題はこれが「真」と言えるかどうかです。言えます。なぜでしょう。いずれの空間も内的な変化を否定せず、これによって状態を「絶対的」なものから「相対的」なものに普遍化させ、結果として、その中に「絶対性」を築くことに成功しているからです。それでは、さらにその根拠は。もちろん、それぞれの持てる「美」です。(※お願い:文章中の「非常識」については次回説明させていただきます)(2014.5.17)

※その-3:
 おそらく、「わたし」は今、過去のある段階で現在を振り返った時「壮大な実験」をしていると思えるほどの「実験」をしていると思います。研究費をまったく必要とすることなく時代の最先端の装置を使うことによって、自分の理想とする「知的空間」を構築する実験をしているからです。「『わたし』は何と不思議な世界にいるのだろう」と思えるほど、自分の能力の限界を超えた世界に立って自分を見つめられていることから、「わたし」はこのたった今「質的飛躍」を経験していると実感するからです。(2014.5.16)

※その-2:
 現在、「わたし」はこの「えどがわ産業ナビ」の場において、企業としての「質的飛躍」を経験しています。ちょうど、「古典力学」から「量子力学」への「質的飛躍」によって新たな科学技術の世界が開けたように、正にその「量子力学」の概念が土台となって開発されたPCの恩恵を被って「質的飛躍」をしようとしているのです。(2014.5.15)

※その-1:
 「えどがわ産業ナビ」の「場」によって、「わたし」は主観的な考えを公開し、これを自分で客観的に評価することによって、それをつねに一般化することができています。ありがたいことです。この「場」が理想的な空間として存続し続けますように。(2014.5.14)




 
☆こちらより退出願います: http://inter-tai.com/
  「えどがわ産業ナビ」は:  http://edogawanavi.jp/
 


<恐れ入りますが、心の扉は静かにお閉めくださいますように>




「あ、もし、少しお待ちを・・・」
「実は、あなた様の『わたし』ですが、これはすべてのあなた様がこのPCに向かわれたとき、いかなる人の存在とも関わりなくただ純粋に『わたし』となっているところのその『わたし』なのです」


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科学啓蒙作家の塾「田井塾」

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